2024年02月01日

若いときの苦労は買ってでもせよ

 「若いときの苦労は買ってでもせよ」と言われます。まぁ若いときだけでなく、歳とっても苦労は買ってでもした方がいいと個人的には思っていますが、なぜ苦労は買ってでもした方がいいのでしょうか。

 それは「共感力」が身につくからだと私は思っています。

 「若いときの苦労は買ってでもせよ」の意味を調べると、「若いときにする苦労は必ず貴重な経験となって将来役立つものだから、求めてでもするほうがよい」ということです。つまりは多くのことを経験することで、「共感力を身につけよう」と言っているのだと思います。

 自分も五十を過ぎ、おかげさまでたくさんの方、特に若い衆から相談を受けたりします。仕事のこと、家庭のこと、個人的な悩みなどジャンルはバラバラですが、なぜ相談を受けたりするのかと自分なりに分析をしてみると、上には上がいっぱいいてますが、目の前に壁が立ちはだかった際、その壁と向き合い、乗り越えたり、乗り越えられなかったりした経験と、その経験に基づく自分なりの思いを込めた言葉が、若い衆の心に響くからなんじゃないか、と思っています。経験したきたこともジャンルが広いですので、人の心がわかるというか、「共感力」のレンジも広いのだと思っています。

 職場の人間関係で苦しむ人、家庭不和で悩む人、やりたいことがあるのに事情があってできない人など、人の悩みは様々ですが、その経験を持たない人には、悩んでいる人の本当の気持ちはわかりません。自分も相談を受けた際「でも兄さんはそんな経験してませんやん」と言われることもありました。「そんなら最初から相談せんといて(;・∀・)」と思ったもんですが、実際、我々は世の中の人々の苦労すべてを経験することはできません。

 ただ同じ苦労はしていなくても、相手の苦労をわかってあげたいという思いは大切です。そして、その思いが通じるかどうかは、それなりの苦労を経験しているかどうかで変わってきます。だから、なるべく早いうちに色々なことを経験しておいた方がよいから、「若いときの苦労は買ってでもせよ」と言われるのだと思います。

 しかしながら、私もそうですが、なるべく苦労はしたくないですし、若いときにこの言葉の意味を深く意識していたわけではありません。でもおもしろいもので、人生と仕事においては必要なときに、必要な苦労が与えられるもののようです。これはあとになって気づくことが多いようですが、そのときはとてもつらいと思ったことが、歳月を経て振り返ったとき、貴重な経験であったことに気がつくようです。

 幼少期の無茶苦茶なガキ大将時代、そのしっぺ返しをくらいクラスメイト全員から1年間の無視をくらった小学校時代、先頭に立つ自覚を芽生えさせてくれた中学サッカー時代、体小さいながらも果敢に挑んだアメフト時代、忖度しまくりの風土に苦労したNTT時代、自由奔放ながら貧困なアメ村放浪生活、ミヤジマに戻ってからの葛藤など、自分なりにほどほどの経験はしてきたと思っています。おかげさまで多くの共感力を身につくことができ、多くの友人、先輩・後輩ができたことは私の財産となっています。
 人生の苦労は自分を成長させる素晴らしいものと理解し、今年一年も頑張っていきたいと思います。

東名鍛工(株) 代表取締役社長 宮嶋俊介