清水に対する思い入れ

2019年10月01日

simizu毎月何を書こうか悩むところですが、今月は誰も聞いていないと思いますが、私の清水に対する思い入れを書きたいと思います。

ご存知の方もおられるかもしれませんが、私は高校まではアメフトではなくサッカー少年でして、中学卒業後は真剣に、清水にある東海大学第一高校(現:東海大学付属静岡翔洋高校)を目指そうと思っておりました。東海大学第一高校といえば、ブラジルからの留学生アデミールサントスや沢登正朗を擁し、華麗なサッカーで全国のファンを魅了していました。清水にはほかにも長谷川健太や武田修宏の清水東、名波浩や藤田俊哉の清水商業(現:清水桜ヶ丘高校)など、強豪校が集う全国屈指のサッカーの街であり、私にはとても魅力的な街に思えました。

そんな私の夢を軽く打ち砕いてくれたのは、中3のときに突如赴任してきたサッカー部監督 粕渕(かすぶち)先生でした。粕渕先生は大学サッカーで日本一に輝いたことがあるのですが、栄光の金メダルをしょっちゅう私たちにみせては「お前ら、これほしいやろ!ほしかったら強くなるんや!」と激を飛ばしていました。先生は練習中も首から金メダルをぶら下げ、「これや!これ!これほしいやろ!」と私たちにアピールしてきましたが、あまりのアピールぶりに「確かに強くはなりたいけど、金メダルはいらん( ̄◇ ̄;)」と感じていたのはここだけの話です(笑)

soccer

後列右端が粕渕先生、その隣が私

さてそんな粕渕先生でしたが、練習はものすごく厳しく、鉄拳制裁など当たり前、今なら問題になること多々あると思いますが、愛情もヒシヒシと感じていた我々のチームは、みるみる強くなっていきました。

ちょっとうまくなるとすぐ調子に乗ってしまう私は「高校は強豪校へ行きたい」と思うようになり、先生に清水行きを相談したところ「お前ではまったく通用しない!」と一蹴されました。結果、残念ながらそのときは清水行きは叶わなかったのですが、まさか三十年のときを経て、その希望が叶えられるとは思ってもいませんでした。

毎週の清水通いは大変ではありますが、清水の風土は私の肌に合っていると感じています。先日、風土とは「風の人」が運んできた文化と「土地の人」が創り上げた文化との融合と教えてもらいました。

今年で清水5年目を迎えますが、東名鍛工のみんなを幸せにし、そして清水で何らかのお役に立てることができれば、私も「風の人」であろうと思います。それが心地よい風なのか、吹かなくてよい風なのか、その判断は皆さんにお任せするとして、これからも心地よい風となれるよう日々気張りたいと思います。ようやく涼しくなってきました。10月もよろしくお願いいたします。

東名鍛工(株) 代表取締役社長 宮嶋俊介